世界的にみるとアメリカ車やドイツ車を代表として左ハンドル車・右側通行の国がおよそ70%を占める。一方右ハンドルのクルマは日本やイギリスなどごく少数だ。
目次
左ハンドル・右側通行
元々の起源は後ほど述べるが、近代のモータリゼーションを引っ張ってきたのは間違いなくアメリカやドイツといった国々だ。なのでその国が生産したクルマの仕様が世界基準になるのは当然だ。
また、それ以前のアジア圏、アフリカ圏における植民地支配が密接に関係している。アメリカ、ドイツ、フランスといった国々の植民地は当然、本国の法律、言語、習慣を同じくするよう強要される。
左ハンドル・右側通行を採用している国々は以下の通りだ。
左ハンドル・右側通行の主な国
北アメリカ大陸
- アメリカ
- カナダ
- メキシコ
- パナマ
ヨーロッパ
- ドイツ
- フランス
- イタリア
- スペイン
- スイス
中東
- サウジアラビア
- イスラエル
南米大陸
- ブラジル
- ペルー
アジア
- 中国(除く香港、マカオ)
- 台湾
- ミャンマー
- 韓国
- 北朝鮮
旧ロシア
- ロシア
- ベラルーシ
- アルメニア
- カザフスタン
- ウクライナ
右ハンドル・左側通行
イギリスを中心とするイギリス連邦加盟国がほとんどだ。やはり旧大英帝国時代からの支配力は絶大な影響力を持ち続ける。日本も近代化の過程でイギリスの技術力に多大な影響を受けた。同じ島国で王室を守る為の騎士道。天皇家、将軍家を守る為の武士道。共通点が多くあるというのもその一因だ。
右ハンドル・左側通行を採用している国々は以下の通りだ。
右ハンドル・左側通行の主な国
ヨーロッパ
- イギリス
- アイルランド
- キプロス
オセアニア
- オーストラリア
- ニュージーランド
- フィジー
- トンガ
西インド諸島
- ドミニカ
- ジャマイカ
- バハマ
- トリニダード・トバゴ
インド洋
- モルディブ
- モーリシャス
アフリカ
- 南アフリカ共和国
- タンザニア
- ウガンダ
- ケニア
- ナミビア
アジア
- 日本
- タイ
- スリランカ
- パキスタン
- シンガポール
- ネパール
- 香港
- マカオ
- インド
- インドネシア
右側通行と左側通行の起源
左側通行の起源としてはいろいろ調べてみると一番有力な説として、馬車の御者が右利きなの自分の右側の空間を開けて運転するためと言われている。そのため、お互いがすれ違う時に必然的に左側通行になったというわけだ。
その反対に右側通行の起源としてはフランスのナポレオンが関係しているという。元々ヨーロッパ各国では馬車が普及していたので左側通行をしていた。ところがナポレオン自身が左利きで尚且つナポレオンの軍隊の敵を迎え撃つ進軍方式が敵を左に見て進むというやり方だったので、当時ナポレオンに支配された地域はこれに倣って右側通行になっていったというのが有力だ。
刀か銃か
もう一つの説が『刀と銃の違い』だ。
イギリス、インド、日本と3国とも刀が昔からの主要武器でイギリスの騎士道、日本の武士道、共に長い歴史と格式を持つ。
アメリカ、ドイツ、フランスは銃社会だ。アメリカは西部開拓時代からの銃社会。
この2つの武器の違いは何だろう?
刀は左腰に帯刀する。銃は右腰に携帯する。
すれ違って歩く時に自然と武器が相手に触れないようにするのが、暗黙のマナーだったはずだ。これが根底にあるからこそ、自動車という新たなツールを手に入れた時に左右の通行帯の違いが当たり前のようにルール化されたのだろう。
日本での法制化
日本も道路交通法で自動車の左側通行が明文化されている。ただ、それに伴って車道での歩行者の通行区分が変更となった。もともと人も左側通行をしていたが、自動車の普及に伴い自動車と同じ方向を通行すると事故が防げないとの観点から自動車に向かって対面する右側通行をするという法律ができた。
ただ車道ではない駅構内などは当時の名残をとどめて歩行者の左側通行が見られる。皆さんも学校や駅構内などを歩く時は無意識のうちに左側通行をしているはずだ。これが刀を帯刀していた頃からの日本人の名残りなのだろうか?
[…] はなく製造年の確認がマスト。これは国によって関税が何年から何年までは安いというルールがあるので要注意。右ハンドルの国はこちらで確認→【左側通行・右ハンドルの話】諸説あり […]