かつて「日本」と聞いて世界中の人が思い浮かべるのは、『ゲイシャ』や『フジヤマ』といった、伝統的なキーワードでした。しかし今、アフリカや東南アジアの路上で最も頻繁に、そして親しみを込めて交わされる日本語のフレーズは、全く別のものです。
それは、「ETCカードが挿入されていません」。
日本のETC(有料道路自動料金収受システム)は日本独自の仕組みですが、この音声は、海外へ大量に輸出された日本の中古車、特にトヨタのランドクルーザーやハイエース、アルファードといった人気車種に搭載されたETC車載器から、毎日必ず流れる「車の挨拶」として定着してしまったのです。
エピソード1:海外での挨拶になった「ETC」
アフリカや東南アジアの多くの国では、エンジンをかけると必ずこの音声が流れます。現地のタクシー運転手やマイカーオーナーにとって、このフレーズは「おもてなしの国ニッポンからの特別な挨拶」だと勘違いされています。
「ETCカードが挿入されていません」は、彼らにとっては「コンニチハ」や「ヨロシクオネガイシマス」と同等の、車が語りかける起動のメッセージなのです。
実際に、自動車の輸出入に関わる外国人ビジネスマンの間では、日本人と会った時の「つかみの鉄板ネタ」として、**「ETCカードが挿入されていません!」**と日本語で挨拶を交わすことが定番化しているという話もあります。
エピソード2:セレブのステータス「セットアップされていません」
さらに局地的ながら、新車に近い車両を求める層の間で話題になるフレーズがあります。それが、**「ETCがセットアップされていません」**です。
これは、アルファードやヴェルファイアなど、未使用のまま日本で輸出抹消され、海外に持ち込まれた「新車同然」の車に多く見られます。ETC車載器が取り付けられているものの、一度も日本の高速道路で利用登録(セットアップ)されていない状態を示します。
中古車ではなく、誰の手も経ていない新品同様の車であることの証として、この**「セットアップされていません」という音声は、セレブな顧客にとって高額なプレミアムを支払う価値のある「ステータス」**になっているのです。ナビゲーションシステム自体が海外で使えなくても、高額なオプションが付いていることが車の価値を高めるのと同じです。
もう一つの和製サウンド:トラックが叫ぶ「バックします」
乗用車のETC音声と並び、世界で活躍する日本のトラックやバスには、もう一つの有名な和製サウンドがあります。それは、後退時に流れる**「バックします」**という音声アラームです。
これは日本の大型車両に特有の安全対策ですが、この音声もまた海を渡り、現地の日常に溶け込んでいます。
• 強い警告効果を発揮
日本のトラックが多く活躍する国々では、この音声が流れると、現地の歩行者は「車が危険な動き(後退)をする」というサインとして、言葉の意味は分からなくても即座に察知します。「ピーピー」というブザー音だけでなく、聞き慣れない日本語のフレーズが流れることで、より注意を促す強い警告効果を発揮しているのです。
• 子供たちの愛称
トラックが多く行き交う地域では、子供たちがこの「バッカス!バッカス!」という音を真似て遊んでいる光景も見られます。このフレーズは、その国で頑張って働く日本製のトラックの象徴として、親しまれ、愛されています。
「ETCカードが挿入されていません」や「バックします」といった、日本人にとってはごく日常のフレーズが、海を渡って現地の文化や習慣に深く根を下ろし、思わぬ形で「日本文化」を伝える役割を果たしているのは、非常に興味深い現象と言えるでしょう。これこそが、日本車が世界で愛されている証拠なのかもしれません。
























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