名古屋城といえば、豪華絢爛な本丸御殿や、再建を目指す天守閣が注目されがちですが、城の守りを担う石垣こそが、400年以上続く歴史の証人です。
現在、名古屋城の裏側にある重要な防御施設「搦手馬出(からめてうまだし)」周辺で、壮大な石垣の修復工事が進行しています。この記事では、この「搐手馬出」の歴史的役割から、現代の技術を融合させた修復の全貌までを深掘りしてご紹介します。
Ⅰ. 搦手馬出とは?— 名古屋城の裏の顔
1. 搦手馬出の基本知識
「搦手馬出」とは、城の**搦手(裏側・裏門)に設けられた馬出(うまだし)**という防御施設のことです。
• 搦手は、表玄関である「大手(おおて)」とは反対側の通用口や裏門を指します。戦時に敵の裏をかくための出撃口としても利用されました。
• 馬出は、門の前に張り出すように築かれた曲輪(区画)のことで、敵が門へ一直線に向かうのを防ぎます。その名の通り、味方の兵士や騎馬隊が出撃する際、隊列を整えるための待機場所として機能する、戦略上きわめて重要な防御施設です。
名古屋城本丸の北東部に位置する搦手馬出は、南北約94m、東西約52m、高さ約14mという巨大なスケールを持ち、本丸の裏側を鉄壁の守りで固めています。
2. 築城を担った7人の大名たち
名古屋城の石垣は、徳川家康の命令による**「天下普請(てんかぶしん)」**、すなわち全国の大名に課せられた巨大公共事業として慶長15年(1610年)に完成しました。
搦手馬出の石垣には、西日本を中心とした有力大名が割り当てられ、特にこのエリアは浅野長晟、黒田長政、田中忠政、山内忠義、蜂須賀至鎮、生駒正俊、鍋島勝茂の7名が担当したことが、「丁場割図(ちょうばわりず)」という古文書から判明しています。石垣に残る刻印(マーク)は、彼らが工事を分担した証として、今に残されています。
Ⅱ. 400年の変形と現代の修復事業
1. 修復の背景と経緯
完成からわずか72年後の天和2年(1682年)に一度崩落し、修理が行われた記録が残る搦手馬出の石垣。その後、長い年月を経て再び石垣が前方に膨らむ**「孕み出し(はらみだし)」**という危険な状態になりました。
このため、名古屋市は平成14年(2002年)より大規模な解体修理事業を開始。これまでに1,500平方メートル以上、4,000石を超える石材を慎重に解体し、変形の原因調査や対策検討を進めてきました。そして、いよいよ令和5年(2023年)からは、石垣を積み直す本格的な復元工事が始まっています。
2. 石垣修復の緻密なプロセス
修復は、単に積み直すだけでなく、文化的価値を保ちつつ耐久性を高めるため、極めて緻密な工程で進められています。
1. 石垣の解体と調査: 全ての石材を元の位置に戻せるように、一つひとつに番号を付けて解体し、保管。石の種類や加工痕、刻印・墨書などを詳細に調査します。
2. 石材の補修と新材加工: 割れた石は接着などで補修し、損傷が激しい場合は新しい石材を元の形状と全く同じように加工して使用します。
3. 現代技術の導入と積直し: 築城当時の「石積み技術」を基本としつつ、現代の技術を融合。特に、地震への備えとして、最新の工法が導入されました。
3. 深掘り:耐震性を高める「ジオグリッド」
今回の修復の大きな特徴は、石垣内部に**「ジオグリッド(ジオテキスタイル)」**という現代の補強材を導入することです。
石垣は、表面の築石、裏側の栗石(ぐりいし)、内部の**盛土(もりど)**という三層構造になっています。ジオグリッドは、この内部の土の中に敷設される、合成樹脂製の網目状のシートです。
この導入により、
• 耐震性向上: 大地震(レベル2地震動)の揺れに対し、石垣の崩壊を防ぎ、安定性を確保します。
• 孕み出し防止: 盛土を内部から補強し、石垣の変形(孕み出し)や、土圧による石材のずれを防ぐ効果があります。
• 排水対策: 過去の変状の原因とされる「浸透水による土圧集中」を防ぐため、ジオグリッドの敷設と合わせて、背面の排水構造も緻密に設計されています。
伝統の技と現代の土木技術が組み合わさることで、400年前の石垣は未来へ受け継がれる強固な構造物へと生まれ変わります。
Ⅲ. 工事の様子と今後の展望
1. 工事現場の見学について
搦手馬出の石垣修復現場は、安全上の理由から通常は立ち入り禁止エリアとなっています。しかし、作業の進捗に応じて、市民や一般の方を対象とした**「現場見学会」が不定期で抽選制**にて開催されることがあります。
もし間近で歴史的な修復技術を見たい場合は、名古屋城の公式サイトや広報誌で、今後の現場公開情報が発表されるか定期的にチェックすることをおすすめします。
2. その他の整備事業
名古屋城では、搦手馬出の石垣修復以外にも、耐震性の問題で閉館中の天守閣の木造復元事業が計画されています(最短でも2032年度以降に完成予定)。また、豪華な姿を甦らせた本丸御殿は全面公開されており、築城期から現存する重要文化財**「表二之門」の大規模修理**に向けた調査も進んでいます。
名古屋城は今、壮大な過去と先進的な未来が交差する、まさに変革の最中にあります。これらの工事は、城郭全体の価値を未来永劫に伝えるための、極めて重要な取り組みです。
💡 11月の特別情報:無料化実証実験
なお、名古屋城では、2025年11月1日から1か月間、天守閣や本丸御殿がある本丸エリアを除く**「本丸外エリア」の入場料が無料になる実証実験**が実施される予定です。この機会に、普段は注目されにくい城郭エリアを散策し、搦手馬出の石垣修復工事の様子(外側から見える範囲)や、周辺の歴史に触れてみてはいかがでしょうか。