最近のトヨタ車にお乗りの方なら、ドアミラーの付け根やテールランプの横に、米粒を引き延ばしたような小さな突起があるのにお気づきかもしれません。この小さなパーツこそ、トヨタの走行安定性と燃費向上を支える重要な技術、「エアロスタビライジングフィン」です。
一見すると単なるデザイン上のアクセントに見えるこのフィンですが、その裏には、空気の流れを極限までコントロールしようとするトヨタの緻密な開発思想と、長い歴史が隠されています。
空力安定性の切り札としての役割
車が高速で走るとき、車体周辺の空気は複雑な流れを作ります。特に、車体側面のカーブや角の部分で空気が車体から「剥がれて」しまうと、大きな乱気流や渦が発生し、これが車のフラつきや不安定さの原因となります。
エアロスタビライジングフィンは、この現象を逆手に取ります。
この小さなフィンを空気の流れが乱れやすい箇所に設置することで、意図的に**小さな渦(ボルテックス)**を発生させます。この渦が、車体から剥がれようとする空気の流れを優しく押さえつけ、車体に沿ったスムーズな流れを再び作り出すのです。
その結果、空気抵抗の低減だけでなく、車体を左右から押さえつける力が発生し、高速走行時の直進安定性や操縦応答性が向上します。わずかながら燃費向上や風切り音の低減にも貢献する、まさに「小さな巨人」です。
開発の歴史:F1から市販車への応用、そしてアクアでの大衆化
この技術の基本原理は、古くから航空機やレースの世界で使われてきた**ボルテックスジェネレーター(渦発生装置)**にあります。
F1とカジキマグロからの着想
トヨタがこの技術を市販車向けに応用するにあたり、ルーツとなったのは、長年取り組んできたモータースポーツ、特にF1での空力研究です。レースで培ったノウハウに加え、そのユニークな形状のヒントとなったのが、水中を高速で泳ぐ「カジキマグロ」の断面形状だと言われています。自然界の究極の流線形から、効率よく渦を生み出す形状が導き出されました。
初採用とブレイクスルー
「エアロスタビライジングフィン」という名称が広く知られるきっかけとなったのは、2011年に発売されたハイブリッドカー、初代アクアでの採用です。低燃費を追求するアクアにおいて、このフィンは空気抵抗を減らす重要な要素として注目されました。
その後、2014年のヴィッツのマイナーチェンジなどで採用が拡大し、以降、トヨタは「走りの楽しさ」や「安心感」を追求するTNGA(Toyota New Global Architecture)に基づく新しい世代のほとんどのモデルに、このフィンを積極的に採用していきます。かつてはレース用の特殊技術だったものが、今やトヨタ車の安定性と燃費を支える標準装備の一つとなったのです。
F1の技術と自然界の知恵を融合させ、アクアで大衆化したこのエアロスタビライジングフィン。小さな突起は、トヨタが長年積み重ねてきた空力技術の歴史と進化を象徴していると言えるでしょう。